経緯
ずっと前からP-51には乗りたいとうっすら思っていた。いつ頃から乗りたいと考え始めたのかは覚えていない。時折ふと発作のようにWarbird Ridesの情報を調べてはその値段を見て閉じるようなことを繰り返していた気がする。
なぜP-51なのか。
P-51はカッコいいからだ。二次大戦機として分類される中で自分が最も好きな飛行機だからだ。液冷のV12エンジンを装備したスマートな鼻先、滑らかな造形でベアメタルがギラギラ光る胴体、堅実な平面形ながら肉厚で力強い主翼、とても見晴らしの良さそうなバブルキャノピ。飛行機としてのバランスが整っていて、博物館で見た姿もエアショーで飛ぶその姿も美しかった。
アメリカに行けばそのP-51に乗れる。戦後70年を過ぎそろそろ決行しないとヤバいかもと思い始めた2019年、翌年の夏には乗りに行こうと計画を練り始めたものの世界は疫病に包まれて海外旅行どころではなくなってしまった。
それ以降、海外に行く気分は萎んでしまい日本国内を旅行する日々であったが、2025年になって勤め先の何とやらでおまけの連休がもらえることとなった。さてどうしたものかと考えたところで、ふとこのP-51に乗りたいと気持ちを思い出したのである。このタイミングを逃してはならない。
計画・準備

▲Planes of Fame Air Museum
アメリカでP-51に乗れる場所はいくつかある。今回はカリフォルニア州チノにあるPlanes of Fame Air Museumで乗ることにした。P-51 Rideを通年で実施していること、PoFには過去に2回行ったことがあり土地勘があって計画が立てやすかったのが決め手だ。(要は無難だったのだ) 時期は推しのライブイベント等の用事を避けつつアメリカのクリスマス休暇に掛からない12月上旬とした。
PoFのP-51 Rideは約20分の飛行時間で1,895ドルだ。予約時に250ドルをデポジットとして払い、当日現地で残りの1,645ドルを支払う。決して安くはないが出せない額ではない。航空券・ホテル・レンタカーの予約をし、国際免許も取得した。
今回どのような方法でこのフライトの記録を残そうかなと考え、バイクでも使えるしなとアクションカメラも購入した。
当日

▲P-51D Mustang "SPAM Can/DOLLY"
14時からのフライト予定だったが、いてもたってもいられず10時半頃にはPlanes of Fame Air Museumに来ていた。博物館の受付で残額の支払いをしフライトの説明を受ける。過去に海外で大きな金額支払いをしようとしてクレジットカードがdeniedとなったトラウマがあり、この現地分の支払いはちょっと怖かった。事前にカード会社に旅行に行くと連絡していたこともあり何事もなく決済できた。
フライトの時間までは博物館を自由に見学できる。エプロンに面した展示ハンガーに向かうと、半開きの扉の前にP-51D Mustang "SPAM Can/DOLLY"がいた。この機だけ他の飛行機のように周囲にフェンスが置かれていない。あたかも展示品のように置いてあるけれど、このピカピカの機体に乗って飛ぶのだ。
10年ぶりに再訪したPoFの展示を見て回っているうちにフライトの時間が迫ってきた。
フライト

予定時間の10分程前からゴソゴソと機体の準備が始まった。展示ハンガーの扉が開かれ、トーイングカーが来て機体をエプロンに引っ張り出していく。
支払いや事前の説明は済んでいるので、荷物を預けて免責事項などにサインしたら機体の元へ。博物館のスタッフがみんないってらっしゃいと見送ってくれるのでなんか照れくさかった。P-51の前でパイロットと記念撮影をしていざ搭乗となる。
主翼には前縁側からタイヤと主脚の出っ張りなどに脚を掛けてよじ登る。主翼の上はつるっとしていたが思いのほか滑らなかった。キャノピに手を掛けて機内に入り後部座席に座る。シートベルトを付けてもらい、エンジンの爆音から耳を守る防音ヘッドセットを着用。このヘッドセットはパイロットと会話することも出来るし、航空無線も全部聞こえてくる。
諸々の準備が整いいよいよエンジンが掛かった。スタータでプロペラが回りエンジンに火が入ると焼けたオイルの白煙が機内に流れ込んでくる。振動は思ってたより静かだったが、ヘッドセットをちょっと耳から浮かすとV12エンジン直管の暴力的な轟音が押し寄せてきた。
キャノピをすぐに閉めないのは暑いからだろうかと思っていたが、機体が走り始めてすぐ理由が分かった。尾輪式で鼻が長くて前が全く見えず、パイロットは左右に身を乗り出して前方の確認をする必要があるのだ。滑走路端でトラフィックを待ってる間もずっと開けっぱなしで、エンジンランナップでスロットルを上げたときは機内に猛烈な風が吹き込んできた。滑走路に入る直前にやっと閉じられた。
滑走路に入るとそのままスロットルを上げて離陸滑走に入る。シートに体がぐっと押しつけられる加速を感じているうちにあっという間に離陸していた。これが1500馬力のエンジンを積んだ戦闘機か。地上滑走中は尾輪式の不安定さによる左右の揺れがあったが、宙に浮いてしまえば極めてスムースであった。

D型から採用されたこのバブルキャノピーは、枠など視界を遮る物が一切なくとにかく見晴らしが良い。地表から頭上の青空までの様子を一続きに堪能することができるのは爽快の一言だ。天気にも恵まれ最高の景色が見られた。

フライトはアクロバット要素はなく遊覧飛行のような穏やかなものだったが、有り余るパワーを感じながらのフライトはまるで映画の世界に入ったような感覚だった。

全方位の見晴らしが良く周囲の全てが見えるので、空を飛んでいるという感覚を全身で堪能することができる。

20分ほどのフライトで空港に帰ってくる。空港上空での急旋回ではカメラを持っていた手がぐっと引きずり下ろされる強いGを感じた。ヘッドセットの無線からは、タワーが他機に向かって“Mustang on final”とアナウンスするのが聞こえてくる。なんてかっこいいフレーズなんだ。
なめからに着陸するとすぐにキャノピを開けて博物館のエプロンまでタキシング。ハンガーの前でエンジンが切られてフライトは終わりとなる。
降機は主翼の後縁側だった。しゃがんで滑り台の様に滑り降り、そのまま地面に着地する。出迎えのスタッフの方がMustang Slide!と言いながら動画を撮っていた。(あとでAirDropでもらった)
フライト前の写真が入った搭乗証明書や記念のグッズを受け取ってP-51 Rideは終了となった。これらの記念品は全く予想外のお土産でとても嬉しかった。全体で45分ほどの体験だったが終始ニヤニヤしっぱなしだった。
乗って

▲搭乗証明書と記念品
アメリカには「航空」の文化を大事にする土壌があり、古い飛行機を維持する活動がいろんなところで続いている。とはいえ二次大戦の時期に作られた80年前の飛行機がオリジナルのまま客を乗せて飛べるのは当たり前のことではない。飛行可能なP-51はまだ結構な数が残っているが今後もそれらを維持していくのは大変なことだろう。
自分が大好きな飛行機に乗れたのが嬉しく一生の思い出になったのも当然あるが、それと同じくらい、長年の思いを手遅れになる前に叶えられたという安堵感で満たされている。
リンク
今回利用したPlanes of FameのWarbird Rides.
www.pofwarbirdrides.org
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